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   <title>サッカー選手名鑑！日本代表memo</title>
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   <subtitle>サッカー日本代表選手について紹介しています。</subtitle>
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   <title>稲本潤一について</title>
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      <![CDATA[稲本潤一。<br />強力なミドルシュートやストレートロングパス、思い切りの良い守備と激しいタックルでボールを奪取することを得意とする、元日本代表のミッドフィルダーである。<br />ぽっちゃりとした体型とベビーフェイスで多くの女性から人気を集めている。<br />
中田英寿、中村俊輔、小野伸二、そして、稲本潤一。<br />かつて、海外でプレーするこの４人は、日本代表が誇る「黄金の中盤」とうたわれていた。<br />
日本ではガンバ大阪でプレー、以前Ｊリーグの名古屋グランパスエイトで監督をしていたアーセン・ヴェンゲルに能力を買われ、アーセナルでもプレーの経験がある。<br />その後も海外へのこだわりを見せ、イングランドやトルコ、ドイツのクラブに在籍した。<br />
ドイツへは、当時フランクフルトに所属していた高原直泰が監督に「日本に良いミッドフィルダーはいないか」と聞かれ、高原が迷わず稲本を推したことから移籍が実現。<br />
２００９年６月、フランス１部リーグのレンヌに移籍。<br />新天地での活躍が期待される。<br />]]>
      
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   <title>稲本潤一の名シーン</title>
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      <![CDATA[プロデビューは１７歳６ヶ月の時。<br />当時Ｊリーグの最年少記録を生んだ。<br />この記録も稲本潤一の名を世に広めるには十分なものだったが、日本人として史上２人目のバロンドールノミネートにまで至ったのは、あの晴れ舞台での活躍があまりに衝撃的だったからである。<br />
２００２年日韓ワールドカップ。<br />日本の緒戦の相手はベルギー。<br />一対一で迎えた後半、味方のパスに飛び出した稲本は相手ディフェンダーをドリブルでサラリとかわし、左足一閃。<br />逆転ゴールに日本が沸いた。<br />続くロシア戦、稲本の足から再びゴールが生まれる。<br />
中田浩二のクロスを柳沢敦が落とす。<br />そこにいたのは稲本。<br />トラップして、冷静にシュート。<br />稲本潤一の絶妙なポジショニングが日本代表をワールドカップ初勝利へと導いた。<br />]]>
      
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   <title>稲本潤一のプレースタイル</title>
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      <![CDATA[稲本潤一はかつて攻撃的ミッドフィルダー、いわゆるトップ下のポジションでプレーしていた。<br />本職はその１枚下、ボランチである。<br />
筋力が強く、ミドルシュートは日本人屈指の威力を誇る。<br />守備では、強烈なショルダータックルでボールを奪取するなど、対人プレーを得意としている。<br />ボール奪取後、中盤の底からダイナミックに攻め上がるプレーも稲本の魅力のひとつ。<br />
ボランチとしてはあまり細かいパスを散らすタイプではないが、長い距離のパス精度に長け、特別な変化をボールにかけないストレートロングパスは、稲本の隠れた代名詞である。<br />
常に動き回る、というよりも、動くときに思い切り動くことが多い。<br />そのため、スタミナ自体には問題はないものの、先に多く動きすぎて、途中から足が止まってしまうことがある。<br />もう少しペース配分を考えて動くことで、更にボランチとして大成するのではないだろうか。<br />]]>
      
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   <title>稲本潤一と日本代表</title>
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      <![CDATA[稲本潤一は若い頃から日本代表に選出され、二度のワールドカップに出場。<br />かつては数少ない海外組の選手として注目を集める。<br />しかし、所属クラブでコンスタントに結果を残すことができず、ここ数年稲本が青いユニフォームを着る機会は少なくなってきている。<br />
日本代表の中では松井大輔と交友が深く、試合中、松井が前に上がってしまうと「戻って来い！」と、遠慮なしに文句を言う。<br />また、とあるテレビ番組に稲本はゲスト出演した際、日本代表の中田浩二からの質問の答えるコーナーが設けられた。<br />当時、中田はスイスリーグのバーゼルでボランチではなくセンターバックを務めていた。<br />そこから「代表で一緒にセンターバックを組まないか？」という質問が生まれ、稲本はその提案をあっさり却下。<br />笑顔を絶やさず、関西人独特の陽気な雰囲気でトークをする稲本。<br />日本代表でもムードメーカー的存在であることが見て取れた。<br />
サッカー人気が低下する今、日本全体を盛り上げてくれる男が必要ではないだろうか。<br />]]>
      
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   <title>稲本潤一とワールドカップ</title>
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      <![CDATA[２００２年日韓ワールドカップ、稲本潤一の活躍なしに、日本はあれほどまで盛り上がることはなかっただろう。<br />やんちゃ坊主――まだあどけない笑顔を残していた彼は、日本のワンダーボーイと称された。<br />
２００６年ワールドカップドイツ大会、緒戦。<br />日本のスターティングメンバーの中に、稲本潤一の名前はなかった。<br />海外でのプレーにこだわり、出場機会を求め転々とクラブを移っていた稲本。<br />一方、稲本からポジションを奪った福西崇史。<br />彼は所属の磐田でコンスタントに試合に出続け、代表でもアジアカップの中心選手として戦うなど、着実に実績を残してきた。<br />海外組を好んだジーコだからこそ、稲本は代表メンバーに選ばれただけなのかも知れない。<br />
しかし灼熱の地で、ワンダーボーイに出番はやってきた。<br />
クロアチア戦後半、動きが悪く足も止まっていた福西。<br />見かねた中田英寿が福西を交代させるようベンチに要求。<br />稲本が投入され、持ち前の思い切りの良い守備で、途中出場ながらボランチとして上々の活躍を見せた。<br />そして、続くブラジル戦で稲本はついに先発復帰。<br />
世界にこだわった者が、世界と戦う権利を得たのだった。<br />]]>
      
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   <title>遠藤保仁について</title>
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      <![CDATA[遠藤保仁、通称ヤット。<br />容姿がそっくりなことから、ファンからは「ガチャピン」と言われることもしばしば。<br />地元では有名な遠藤３兄弟の末っ子として育ち、年代別の代表にも召集されてきたが、本人は「自分にはサッカーの才能があったわけではない」とコメントしている。<br />
現在、ガンバ大阪に所属するミッドフィルダーであり、日本代表の中心選手として活躍している。<br />特にクラブチームでの働きは逸品で、過去６年連続でＪリーグベストイレブンに選出されている。<br />これは遠藤のみが持つ記録である。<br />
一方、日本代表では遠慮してしまっていたのか、いつも実力を出し切れていないような印象を与えられた。<br />実際に、代表には選出されながらも、欧州組や他のメンバーの控えに甘んじることが多かった。<br />しかし、オシムが代表監督に就任後はコンスタントに試合に出場し始めるようになり、徐々に自身を付け始め、セットプレーやＰＫのキッカーも任されるようになった。<br />ちなみに、ボランチとしては運動量にやや欠けていた遠藤保仁だったが、オシム監督の影響もあり、動きの質だけでなく量も大幅に増え持ち味の幅を広げた。<br />当時、遠藤保仁はその時の心境について、「こんなに走るのは、生まれて初めて」という言葉を残している。<br />]]>
      
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   <title>遠藤保仁の名シーン</title>
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      <![CDATA[遠藤保仁の名シーンといったらもう、アレしか思い浮かばない。<br />
「コロコロＰＫ」
ゴールキーパーの筋肉の動きを確認し、丁寧にゴール隅にボールをゆっくりと蹴り込む。<br />映像を見ると簡単そうに見えるが、実際にはかなり難易度の高い職人技である。<br />遠藤はボールを蹴り込む際、一切ボールを見ていない。<br />見ていない状態、絶対に外せないというプレッシャーのかかった状態で正確なシュート、いや、ゴールへのパスを生み出すのは遠藤保仁だからこそ成せることだ。<br />ボールがネットを揺らした瞬間、ゴールキーパーは最初の立ち位置と同じところにいる。<br />一歩も動けず、ただ見ていただけ、というのが恒例である。<br />
２００８年クラブワールドカップ、ガンバ大阪対マンチェスターユナイテッド。<br />ＰＫを得たガンバ。<br />キッカーはもちろん遠藤保仁。<br />
遠藤は見事にＰＫをネットに沈めた。<br />世界最高レベルのゴールキーパー、ファンデルサールも止める事ができなかった。<br />
しかし、遠藤はコロコロＰＫとはこの時、普段とは若干違う蹴り方をした。<br />弾道は低いが、スピードはほんの少し速かったのだ。<br />遠藤のＰＫのデータは、ファンデルサールも当然知っていたことだろう。<br />コースは読まれていた、しかし、手は届かなかった。<br />遠藤が自分の代名詞技をフェイントに、データ外のプレーをすることで上手く相手を欺いたシーンだったように思う。<br />]]>
      
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   <title>遠藤保仁のプレースタイル</title>
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      <![CDATA[「サッカーはパスのゲームだと思っている」
この遠藤保仁のサッカー哲学こそ、彼のプレースタイルの象徴である。<br />試合中、遠藤は見方からのパスをピタリと止める。<br />そして、見方の足元に、スペースに、正確なパス。<br />本人も「止めて、蹴る。<br />この技術だけは誰にも負けない自信がある」という言葉を残している。<br />
ボランチとして攻撃の組み立てを担当。<br />ショートパスだけでなく、ロングパスの精度も非常に高く、相手サイドバックの裏、最も守りにくい場所にボールを放り込む。<br />そこに飛び込んできた見方サイドバックにボールが繋がり、大きなチャンスとなることも多い。<br />
今ままでは長短のパスやボールテクニックが注目されていた。<br />しかし、近年では中盤のそこからゴール前へ飛び出す動きや、威力と精度を兼ね備えたミドルシュートも輝きを放っている。<br />身体の線も太く、なかなかボールを奪われることがない。<br />この身体の強さも、彼のパスを精度を支えている。<br />]]>
      
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   <title>遠藤保仁と日本代表</title>
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      <![CDATA[現在、日本代表の中心選手といえば、中澤祐二、中村俊輔、そして、遠藤保仁だろう。<br />遠藤が日本代表で確固たる地位を築いたのはここ数年で、それまでも代表に選ばれていたが控えに甘んじることが多かった。<br />それは、運動量やアジリティといったフィジカル面の能力だけでなく、代表では実力を出し切れない、メンタル面の弱さが大きく影響していたように思える。<br />
日本代表はパスサッカーを徹底した戦いを目指し、遠藤をチームの歯車の一部ではなく、チームの軸として置いた。<br />それにより遠藤は保仁は自信を深め、自身の長所であるパスを最大限活かすことができるようになった。<br />遠藤がボールを持てば、周りは動き出す。<br />
更にセットプレーの際には、ＦＫの名手である中村俊輔と並び、左足なら中村、右足なら遠藤という定番の形までできあがっている。<br />
今や遠藤保仁は、世界を驚かす、日本的サッカーを操るピッチ上の指揮者として、絶大な信頼を得ている。<br />]]>
      
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   <title>遠藤保仁とワールドカップ</title>
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   <published>2009-08-05T16:28:27Z</published>
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      <![CDATA[２００６年のワールドカップドイツ大会において、日本代表の中で最も悔しい思いをしたのは誰だろうか。<br />
自分のサッカー人生で積み上げてきたすべてをかけて戦った、中田英寿か。<br />
２００２年にメンバーに選ばれなかった悔しさをバネにひたすら努力してきた、中村俊輔か。<br />
決定機を決めることのできなかった、柳沢敦か。<br />
「守り方がわからない」試合前夜、ジーコにそう漏らした、キャプテン宮本か。<br />
すべてはあのキーパーのミスから始まった。<br />そう酷評された、川口能活か。<br />
あの大会の話になれば、誰もが下を向いてしまいそうな気がしてならない。<br />しかし、それらとはまったく違う次元の悔しさを味わった男がいる。<br />
遠藤保仁である。<br />遠藤は日本代表メンバーに選ばれながらも、フィールドプレイヤーで唯一、一度もドイツのピッチでボールに触ることができなかった。<br />仲間が意気消沈していく姿を、ベンチでただ見守ることしかできなかった。<br />実力はあったが、自分のポジションを確立することができなかったのだ。<br />
Ｊリーグでは結果を残した。<br />順当な代表メンバー入りだった。<br />しかし皮肉なことに、スタジアムの最も良い席で、プロの試合を観戦しただけに過ぎなかった。<br />試合に負けた悔しさ、個人的に通用しなかった悔しさ、それをはるかに凌ぐ悔しさを遠藤保仁は味わったに違いない。<br />
恐らく、遠藤は現在サッカー選手としてピークの時期を迎え、そして代表でも主軸として活躍している。<br />
来年行われるワールドカップ南アフリカ大会。<br />遠藤保仁はもう、観客にはならない。<br />]]>
      
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   <title>三都主アレサンドロについて</title>
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   <published>2009-08-05T16:28:27Z</published>
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      <![CDATA[三都主アレサンドロ。<br />ブラジル出身で、帰化する前はアレックスという登録名だった。<br />三都主という名前は、自身の過ごした高知と清水、そしてブラジルの三都市を意味している。<br />
清水エスパルスから浦和レッズ、そしてオーストリアのザルツブルクへ期限付き移籍。<br />近年、本職のサイドハーフではなく、サイドバックとして起用されることが多かった三都主。<br />攻撃は変わらず申し分ない動きを見せていたが、守備の脆さが指摘されていた。<br />しかし、ザルツブルクでもサイドバックを任され、積極的に練習を積むことで、守備力は大きく向上した。<br />だが、三都主アレサンドロはこの頃から頻繁に怪我に悩まされるようになる。<br />
期限切れにより浦和レッズに戻って以降も、出場すれば活躍を見せるのだが、コンディションがなかなか整わず、あまり試合には出ていない。<br />
現在、三都主アレサンドロは他クラブへの移籍が噂されている。<br />]]>
      
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   <title>三都主アレサンドロの名シーン</title>
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   <published>2009-08-05T16:28:27Z</published>
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      <![CDATA[調子が上向きの時、三都主アレサンドロが時折見せる技がある。<br />
「裏街道」
ボールを持ったときに１対１の場面になりやすい、サイドの選手のみができる芸当である。<br />しかし、日本では三都主アレサンドロ以外でこれを高次元でこなす者はいないだろう。<br />あるときはドリブル中に相手のポジションや身体の動きを見て、またあるときは大きなサイドチェンジのボールをワントラップで蹴り出し、一瞬で相手を置き去りにしてしまう。<br />派手なプレーが淘汰されつつある現代サッカー。<br />ファンタジスタは影を潜めている。<br />
ジネディーヌ・ジダンのマルセイユルーレット、クリスティーアーノ・ロナウドの無回転フリーキック、カンナヴァロのオーバーヘッドクリア、遠藤保仁のころころＰＫ、そして、三都主アレサンドロの裏街道。<br />目の肥えた観客たちをたった一瞬で沸かせる、数少ないマジックである。<br />]]>
      
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   <title>三都主アレサンドロのプレースタイル</title>
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      <![CDATA[スポーツにおいて、左利きの選手は重宝される。<br />それは三都主アレサンドロも例外ではない。<br />
ボールを持てば、鋭いドリブルで相手をスルスルと抜き去る。<br />一時期は、彼のプレーを見ていて、ボールが取られる気がまったくしなかったことさえある。<br />クロスを放てば、絶妙な高さとスピードで味方にピタリと合わせる。<br />彼の左足から何度もチャンスが生まれた。<br />また、ゴール前へ飛び出す動きも得意で、自らも得点を狙う。<br />キックの精度も高く、フリーキックやコーナーキックも一級品である。<br />日本代表時代、中村俊輔が不在の時には三都主がセットプレーを蹴ることも多かった。<br />
近年、右サイドには左利きの選手を、左サイドには右利きの選手を置くことが主流になりつつある。<br />しかしいかなる選手にも、左サイドのスペシャリスト、三都主アレサンドロを越す活躍を見せることなどできないだろう。<br />]]>
      
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   <title>三都主アレサンドロと日本代表</title>
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      <![CDATA[三都主アレサンドロは、日本代表として８２もの試合に出場した。<br />元々、本職が左サイドかつ左利きの選手というのは、サッカー界では常に人材不足な状態である。<br />もしも彼がいなかったら、日本代表は一体どうなっていたことだろうと思う。<br />２００２年のワールドカップにもわずかながら出場したが、そこからの４年間。<br />２００６年までに行われたアジアカップなどの国際大会での貢献は、本当に大きなものだった。<br />
三都主アレサンドロにボールを渡せば、何とかしてくれる。<br />そういった考えも少なからず代表内にあったはずである。<br />しかし、一人で何とかできるという周りの認識がある分、味方のサポートが徐々に少なくなることでボールを失ってしまう場面が増えたのは非常に残念だった。<br />それでも、センタリングやアーリークロスの精度は高く、多くのゴールをアシストした。<br />
三都主アレサンドロ試合中、熱くなりすぎる部分もあり、不要なファウルでイエローカードを度々もらっていた。<br />サポーターやファンからは「カードを集めているのか？」と、皮肉られることも。<br />
ちなみに、日本代表にいた頃は意外にも、〝いじられキャラ〟であったという。<br />]]>
      
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   <title>三都主アレサンドロとワールドカップ</title>
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   <published>2009-08-05T16:28:27Z</published>
   <updated>2009-08-05T17:06:11Z</updated>
   
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      <![CDATA[三都主アレサンドロ出場したワールドカップは、日韓大会とドイツ大会。<br />
日韓大会ではベルギー戦とトルコ戦に出場。<br />トルコ戦では絶好の位置からのフリーキックがバーに直撃するなど、惜しい活躍を見せた。<br />
ドイツ大会では、日本代表の戦った３試合すべてに先発出場。<br />不動の左サイドとして日本代表を支えたが、この大会は日本代表にとっても、三都主アレサンドロとっても苦い思い出となっている。<br />
オーストラリア戦については、暑さで体力を消耗し、個人的にもっと前へ上がることができたらということと、パスミスの多さを指摘していた。<br />クロアチア戦では、チーム全体の士気は高かったものの、それが結果に繋がらなかったこと。<br />相手が日本を少し甘く見ていた部分があり、それが更に悔しかったと語っている。<br />
ブラジル戦では、玉田圭司の先制点をアシストするなどの活躍を見せた。<br />相手に対し、ブラジル出身ながら日本代表に帰化したという、三都主アレサンドロなりのプライドがあったのかも知れない。<br />
最近は日本代表からは離れており、クラブでの活躍が期待される。<br />]]>
      
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